カードローンは賢く利用しよう

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無担保・無保証人で利用できる便利なカードローン

カードローンは無担保の高金利な融資商品です。契約の際に担保や保証人を必要としませんが、その金利は大抵が18%前後となっています。50万円の融資を受ければ年間約9万円(返済方式により異なります)の金利負担になります。

 

カードローンは一度契約してしまうと、その利用は契約者の自己管理に任されてしまいます。追加融資を申込む必要もなく融資枠の範囲内であれば自由に何度も借入が可能でとても便利です。

 

それも消費者金融の看板のあるATMに出向く必要もなく、殆ど誰にも知られる事は無く利用が可能なのです。提携ATMを利用したら、コンビニでいつでも借入する事が出来ると言うのは、かなり安易に利用が出来てしまうのです。

 

しかし、借りたものには返済する義務と金利負担という経費が必要になります。小額のうちは余り気になりませんが、負債額が増えてくると重い負担になるのでしっかりした返済計画を立てた上でカードローンを利用しましょう。

いろんな種類のカードローンがある理由

カードローンには、代表的な2種類のカードローンがあります。その理由は管理されている法律の違いです。貸金業法で管理されている消費者金融は融資枠に総量規制という制限があります。銀行法で管理されている銀行のカードローンには殆ど規制がありません。

 

この2種類のカードローンの違いは融資枠の上限が法的に定められているか、定められていないかの違いになります。

 

  • 消費者金融カードローン
  • 銀行カードローン

 

現実問題となると銀行のカードローンの審査は概ね厳しい判断になる場合が多く、融資枠が簡単に取れる訳ではありません。

 

しかし、現在は多くの消費者金融が銀行グループの傘下として営業しています。つまり、会社は管理されている法律の違いはあるのですが、企業としては銀行と同じグループとして経営されており、余り大きな違いは無くなってきているのです。

 

貸金業法での規制は厳しく多くの利用者に制限がかかってしまった事も事実です。少額融資(100万円未満)やサービスの質などから選ぶなら、消費者金融のカードローン。100万円以上の高額融資を利用したい場合は銀行カードローンがおすすめです。

融資枠の設定と総量規制

カードローンを契約する際には、融資枠が設定されます。この枠内で好きな金額で自由に借入が出来るシステムなのです。消費者金融のカードローンでは貸金業法の総量規制という制限が設けられています。

 

総量規制とは

これは貸金業法管理下の金融機関が全体で一人の利用者に対して融資できる金額を制限する制度です。総量規制では年収の3分の1までが上限とされており、この制限を超えてカードローンの契約をする事が出来ません。

 

例えば、A社で50万円のカードローンの契約がある人が年収300万円だった場合、新たにB社に契約を申し込んでも総量規制の50万円を利用しているので消費者金融カードローンでは新たにカードローンを契約する事が出来なくなります。

 

この様に一人の利用者に対して共通の上限を守る必要がある為、消費者金融各社の営業拡大は難しくなっています。

 

融資枠自体は後から見直す事も可能ですので、新規の契約は20〜30万円の融資枠で契約して利用実績に応じて後から枠の追加を行う事も増えています。

カードローンの歴史

カードローンが誕生した直後はサラ金と呼ばれる融資システムで、非常にイメージの悪い物でした。

 

その原因は自己管理出来ずに多重債務化してしまう事にありましたが、高金利の為に返済が難しいという特徴に対する報道にもよるものでした。

 

サラ金時代の金利は49%程度で融資が行われていましたので、一度借入をするとなかなか返済が進まない現実もあったのです。

 

その後金利が見直され29%で長年融資されてきましたが、最高裁判所で違法な金利であるという判決が出てしまいます。元々日本の法律には利息制限法と言う利益を目的とした融資に対する利息の制限がありました。

 

しかし、貸金業法ではこれを超えても有効とすると条文があった為、消費者金融はこれを根拠に営業をしていたのです。これが違法とされてしまうと法律自体を見直す必要に迫られ、貸金業法は改正されました。

 

その際に多重債務問題を合わせて解決する為に総量規制も導入された経緯があるのです。また違法な金利を返還を求める請求が消費者金融には相次いで、当初は年間数千億円もの返還が発生しました。

 

この為、経営が厳しくなった消費者金融各社は生き残りをかけて銀行の傘下に入る必要がありました。そうしなければ巨額の返還請求に対応しながら経営を維持するのは難しかったのです。

 

少額短期完済

カードローンのおすすめ利用法を幾つかご紹介していきます。

 

まず最初は少額短期完済の利用法です。これはその名の通り小額を借入して短期間で完済してしまうと言う物です。この利用法を徹底している限りは利息の負担が最小限になりますので、いざという時の利用法としては優れています。

 

完済の目処が立つ範囲での利用しかしませんのでなかなか返済が進まない事態にならないのです。これは自己管理の利用法です。カードローンを自分で決めた利用法以外で使わないようしましょう。

 

実は借入全般に言えることですが、この自己管理が出来ていないと多重債務化してしまったり、安易な利用をしてしまう事になります。その意味で自分で自分を縛りルール化するのは非常に有効な方法なのです。

 

借金体質のある人は余りお金の事を考えずに行動する時があります。厳格な自己ルールを持てば考えずに行動する事は出来なくなるでしょう。

 

常に自分の行動に責任を持つのが大人として当然の事ですが、人は時に向き合いたくない現実から逃れるために考える事をやめてしまうのです。しかし、考えるのをやめても責任が残るのですから、逃げる事も出来ないのです。

 

この事実を受け止めた上で自分の行動に責任が伴うならば、責任を考えてから行動するべきなのです。カードローンの返済は長引かせない。

 

そして、返せる金額しか借りない。こう決めていれば債務を不用意に増やしてしまう事は無くなるのです。自分なりのルールを決めてカードローンは利用するべきなのです。

カードローンを利用する際は、返済計画を建てる

カードローンの負債を抱えたら、とにかく返済をしていかなくてはいけません。毎月の返済額は元本と金利になりますが、元本の返済が少なければ何時まで経っても負債は減らない事になってしまいます。

 

またカードローンの借入は自由医行える為返済直後に借入をする事も可能です。

 

しかし、このやり方は返済ではなく金利負担をしている事になります。融資枠が残っている状態でこれをすれば、借りて返しているのと違いがありません。

 

こうした方法は毎月の返済という義務をクリアするだけの方法ですので、負債を減らすという意味においては殆ど機能していない事になります。負債は早く完済してしまえばそれだけ金利の負担が少なくなります。実現可能な返済計画を立ててそれを実行する事でなるべく金利負担を少なくするべきなのです。

 

また、返済計画の立てているのにそれに相反する行動はするべきではありません。他の債務を増やすような行為や放漫な金銭の利用がそれに当たります。

 

せっかく金利負担を減らして完済を目指しているのに、他の債務を増やすのでは意味がありませんし、お金に余裕があっても無意味な買い物や浪費をしてしまうと、金利負担を軽減する意味が失せてしまうのです。

 

つまり返済計画とは自分のお金に対する向き合い方そのものを見直す事になるのです。返済計画を立てる時には自分のお金の使い方全般にも注意するべきでしょう。それを考えていなければ返済計画自体の実行性が薄れてしまうのです。

 

返済しているから良いのでは無く、返済しながら自分を律して行く事を忘れないようにしなくてはいけないのです。それが出来なければ、未来は完済後もまた債務を作るだけかもしれません。

 

自己管理をしっかりしましょう。

負債の概念とは何なのでしょうか。この事を考えてみたいと思います。負債とは資産の反対語です。これから支払うべき責任のあるマイナスの資産と考えられます。これを自分という人間の時間軸を基準に考えてみましょう。

 

現在の負債は過去の自分が使ってしまったお金の支払う事です。現在の負債を作る事は未来の自分が支払う責任を持つのです。つまり負債は将来の自分に追わせる責任です。

 

今が楽しく過ごせれば良いと思ってお金を借りて楽しく過ごしたとしても将来の自分がその責任を負い返済していくのです。発想を変えてみれば、将来の自分が手に取るべき収入を使ってしまっている事になるのです。それは未来の自分が使えるお金が減る事を意味します。これをし過ぎれば未来の自分が苦しくなるのはお分かりになるでしょう。

 

しかも、金利負担というおまけまで付いてくるのです。預金はこれとは逆に未来の自分が使えるお金を増やす行為です。過去や現在の自分が頑張って預金をすればする程未来の自分が楽になれるのです。こう考えると借金と言う負債を作りたいと思う人はそれ程多く居るとは思えません。何故ならば未来のお金を先に使うのは圧倒的に不利な金利負担という物が存在するからです。

 

そして自分自身が苦しむ事がわかっていてそれを未来に残す事は普通の人であればしたいとは思わないでしょう。自分の未来を汚してしまうのが負債と言う物の本質なのです。未来の自分が苦しまないように、楽になれるように誰もが生きている筈なのです。